くくのち通信:講座レポート

モリのフォークロア 第1回 講座レポート

posted on 2011/10/13

2011年10月1日、平井芽阿里さんによる「モリのフォークロア」第一回
「日本人の心に根ざす森への信仰」の講義が行われました。

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民俗学というよりあえて「フォークロア」としたのは、
幅広く、古く新しい概念として「モリ」を捉えたいということでした。

「森」とはなにか、ほとんどの人ははっきりと考えたことがありません。
平井さんの学生さん100人に、アンケート協力をしてもらったところ、
「森」を鎮守の森と考える人は3人。でも、「じゃあ身近な森とは?」の質問には、
「鎮守の森」と答える人が増えたそうです。人の心の中で変化する森の一面が見えます。

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一方で、一本の木を森と見立てることもあります。
山口県豊浦町では大きな一本の木が、「川棚のクスの森」と呼ばれています。
福岡県宇美町でも、二本のクスの木がそれぞれ、
「湯蓋の森」と「衣掛の森」と呼ばれ、安産の守り神になっているなど、
一本の木が「森」と呼ばれる例が、いくつもあるということです。ちょっと意外ですね。

切り方や木にまつわる知恵、伝承を紹介した本も参考にされ、
木と共に生きる暮らしが、古くからこの列島には伝えられていることが再確認されました。

次に、長野県大鹿村の具体例が示されました。
700年~800年前の石碑がいたるところに残っている、古い歴史のある村です。
村内には歴史を持つ木が多くあり、「矢立の木」「逆さ銀杏」「夜泣き松」など、
それぞれの由来が伝わっています。
1980年代までは林業が盛んだったそうで、現在でも、切っていい木悪い木が
語り伝えられているということです。
「森とは」と聞くと「森は山のことだろ」と答えが返ってくるという、山の懐深い村です。

その村で昭和36年に、「三六災害(さぶろくさいがい)」と呼ばれる大災害が起こりました。
「山津波」というほどひどい災害で、山の一部が突然崩落して、42人の方が亡くなられました。
供養のために植樹が始まり、容易には根付かない桜を何度も植えなおして、
やっと大きな木に育て、
50年後の現在では、大西公園と呼ばれる桜の名所になっています。
しかし、遺族の方々は供養で植えたものなので、
観光名所となっていることに対しては、複雑な気持ちが潜在的にあり、
対立する意識も重複し、その場所への人々の思いは今も揺れているということです。

何かについて思いを込めて植樹をするということは、新たな意識の空間を生むということでもあり、
木々が育つと共に、長い期間にその思いはその場に積み重なるということを、
考えさせられました。

また、樹木崇拝など、神々が宿る依り代としての根強い考えがある一方で、
木がない神社もあることや、樹木葬にも話題は及び、
年老いた大木だけに霊的なものを認めているのではないことも、納得されました。
自然と人の営みは単一な関係ではなく、木々や土地に対して人の意識が折り重なり、
思いの現れも様々なかたちがあり、個人の心の中でも、幾通りにも感じられるようです。

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くくのちのモリプロジェクトが作ろうとしている「モリ」も、自然と人工が絡み合い、
木々が成長するにつれて、さらに人の思いが重なり、
空間や時間と共にその姿は多様に変化していくのではないかと思われました。

次回はさらに「モリ」と「ひと」、その関係の核心に迫ります。どうぞお楽しみに。(植)

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