くくのち通信:講座レポート

「いのちの暴走」第1回 講座レポート

posted on 2011/02/25

三回シリーズ「いのちの暴走―ナチ農相ダレーの思想と実践」その第一回、「ダレーのその時代(1) 生誕からナチ党入党まで」のレポートです。講座が行われたのは2011年2月19日、講師は藤原辰史さんです。

はじめに語られたのは、いのちを粗末にする現代社会の病理を正し、「食べもの」についての価値観を転換したいという実践的な意図でした。大量の食べ物が、飢餓状態にある人々にいきわたらず廃棄され、また市場評価機構社会の商品とされている矛盾を見据え、現実的で強靭な「食思想」を形成したいということです。過去には政府による配給制で、闇市の増殖、貧富の格差拡大など歴史が失敗例を示しています。藤原さんが提示されたのは例えば公衆食堂×公衆浴場の案で、人間社会の宿木として、脱「市場中心社会」の拠点としての、公衆的なコミュニティーの可能性です。その一歩を踏み出すために、歴史研究者の立場から、過去の事例に遡って危険に満ちた回路を検証批判したいと話されました。

今回の講座の目的は、食を中心に据え国を変えようとしたが、結局は有史以来最も生命を粗末にしてしまったナチズム、その「食思想」「食政策」の危険性を徹底的に検証し批判した上で、現代的実践の知恵の糧にすることです。

ナチスは絶滅収容所で自分たちは直接手を下さず、無関心を保つ距離をとりました。囚人の中にCAPOをつくり、上司から言われたことは即実行するウルトラ官僚主義的殺人機構を作り上げたのです。どういう道を辿ってそのような立入禁止地区に入ってしまうのか。その危険性を克服するために、この三回シリーズではナチ農相ダレーをターゲットにします。

ダレーは都市政党であるナチ党が農民票を獲得し政権を獲るのに貢献した人物です。有機農法に強い関心を持ち、農業の復権を遺伝学的価値から試みました。第三帝国の農相(1933-1942)でしたが1936年頃から「変人」扱いされ、影響力を失います。青年時代、第一次世界大戦の塹壕戦で衝撃を受け、その後のヴァイマル共和国時代では、ある面で大変に民主主義的方向が生まれながら一方で保守化し、政治的経済的には暗く不安定で暴力的でもあるという矛盾した社会を体験します。

1927年に著した『民俗と人種』では北方人種とセム人種を二項対立させるような萌芽がみられます。大まかに言えばゲルマン人とユダヤ人です。その後、北方人種の祖先を農耕民族であったアーリア人と主張し、ゲルマン文化の素晴らしさを農民の存在に求めます。インドの高貴な血が流れているのだから農民は貴族なのだ。土地は伝承として社会に組み込むべきで、農業は市場から遠ざけねばならない。金ではなく文化、人種に価値があるのだとし、都市を嫌い、「かまどの火」という太古からの農民習俗を思想の中に組み入れます。そして、生命科学を人間、動物、植物を包括した遺伝学を基礎に考え直していくことを提唱するのです。農民たちをひきつけるこのような甘いロマンティシズムを保存して、ダレーを中心にナチ党は農民票を獲得していきます。農民の中に湧きあがってくる不合理な情念やシステムに対する抗議と、ある意味共鳴しあいながら力を伸ばしていったのです。しかしその方法は一対一の関係ではなく、スピーディなテクノロジーの上に載せて合理的決定を下す大衆扇動でした。全体の前に個人は無になっていったのです。

講義後の質疑応答もみっちり中身の濃いものでした。

・  宮沢賢治の抱えた矛盾について
・  オートメーションとロマンティシズムをどうして同居させることができたのか
・  自立した個と個の偶然性を確保したまま公共性を保持することについて・・・公衆浴場論
・  神話学からのナチス批判
・  藤原さんが農業に興味を持ったきっかけについて
・  共有地について
・  アジールを求め森に触れ合うというような青年運動がどこで変質したか、
などなど。
刺激的な学びは第二回に続きます。
(植)