くくのち通信:講座レポート

「モリのフォークロア」第二回講座レポート(2012/1/28)

posted on 2012/02/17

平井芽阿里さんの講義後編、今回は「御嶽(ウタキ)」と「共同体」に焦点を当ててお話をしていただきました。

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「御嶽」と一口に言っても、その存在は多種多様です。例えば場所一つとっても、木々が生い茂るところもあれば、何も無く中がそのまま見えるところもあり、祠とか鳥居があるところ、お寺のような建物が建っているところもあります。社寺と大きく違うのは、御嶽の中へは一般の人は入れないという点です。御嶽は神役と呼ばれる女性たちが神事を行う度に掃除をして清め、守り、祈り込めを重ねてきた神様の領域なのです。

平井さんは沖縄宮古島の高校に16歳で転入し、地元の方たちに受け入れられています。大学時代から10年間調査を続けておられますが、今でも調査の前には必ずお供え物(線香、酒、塩、米)を神役に渡してこれから行うことを神様に報告なさっているとのことです。御嶽の祭祀は同じ呼び名であっても地区によって微妙に変化し形式や内容が多様化しているので、お話の中の具体的な例は、平井さんが研究されている西原地区固有の特徴です。

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西原は1874年に分村、人口1015名(2009年現在)、農業と沿岸漁業が主な生計手段です。沖縄本島などでは一つの村に一つの御嶽があることが多いですが、宮古諸島では一つの村に複数の御嶽が存在し、西原では家々を囲むような配置になっています。西原には46歳から10年間、1年間に45回以上も村の祭祀を行う、神様に仕える女性神役の存在があります。神役が所属する組織を「ナナムイ」と言います。この役を務める女性は行事のときだけでなく、日常生活にも行動規制が加わるので家族や親類、周囲の助けがないと10年間務めるのはとても難しいのです。御嶽の研究の多くは主に女性に焦点が当たっていますが、今回平井さんは子供たちや男性たち、地域共同体の立場から見た御嶽への関わりを中心にお話をしてくださいました。丸印(○)の言葉の後は説明です。二重丸(◎)の箇所は、神役女性以外に、西原に住む人々の御嶽との関わりがよく現れているところです。

○ ユー
豊穣、繁栄、幸、満ち足りた状態のこと。神様と人間世界をつなぎ合わせるように、神役が手で招くしぐさ(あおぎいれるような、神に祈るしぐさ)をする。

○ ユークイ
ユーを招くための儀礼や神事。西原ではユークイの日には神がちょっと長めに滞在する。神へのお供えには神からもたらされたユーがこもっている。

◎  お供えのお菓子を子供たちはもらうので、幼い子は御嶽のことを、「お菓子が一杯あるお店」のように認識していたりする。

◎  大人は引き戸を少し開けてタバコなど依り代として置いておき、ユーをもたらしてもらう。後日ちょっとくわえてユーを体に取り入れるなど、目には見えないが日常の生活に身近な存在である。

○   男性神役
男性は基本的に御嶽には入ってはいけない。参加する神事も、年に50回近くある女性と違い6回しかないが、そのうちミャークヅツという豊年や大漁を祈願する祭は、男性の神役が中心となって執り行われる。神役は何重にも境界線がある御嶽の入り口で規律を守り、長時間酒盛りをする。

◎  男性神役は 50歳から7年間だけの参加。年功序列の縦社会構成で最年少の神役はひたすら酒を注ぐなど厳しく規律があり、先輩から作法を学ぶ。儀式に参加することは神にかかわり、西原の男になるという両面の意味がある。

○ マスムイ
ミャークヅツの神事で、生まれた子供を御嶽の神様(ノートを持っている帳簿の神様)に(主に祖父母や両親が)挨拶報告をして名前や住所を登録する儀式。新生児の報告がすべて終わったら、男性神役たちは最高指導者である女性神役、ウーンマに神様との取り次ぎを頼みに行き、ウーンマの家でご馳走になり、幼子が生まれた挨拶をする。神歌(神様の神聖な歌)を聴き、最後はみんなで踊る。 

◎ 西原に生まれ育った人はみな(県外にいても)、意識しなくても御嶽の神に登録される。また ナーヌス《御嶽の神、若くして亡くなった人、病気で亡くなった先祖などのうちから自分の守護神が決まる》によっていつも守られている。

○ 生徒願い
生徒と教職員の健康安全を祈願する、年2回の行事。卵を持ち寄って子供の数だけ供え、ゆでて子供に食べさせるなど。学校側からもお供えを出したりする。授業ではなく、自然な子供たちの祈りが行われる。

◎  神役には子供たちにとって身近な近所のおばさんがなっており、その人々が祈るのを見ているので、御嶽に入ってはいけないということも体験として学ぶ。また、地域安全マップにも御嶽の場所が記入され、立ち入ってはならない場所、いつも神様に見守られているという地域の認識が子供たちにも伝わっている。

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このように生まれてから死ぬまで、西原の人々の生活にはいつも御嶽がかかわっています。沖縄には、父の胡坐のうえに子供が安心して座っているような状態を表す「クサティ(腰当て)」という言葉がありますが、御嶽にはこの「クサティ」、精神的安定をもたらす共同体の構造が大きく重なっているようです。ウーンマというナナムイ最高位の神役の日常の行動に厳しい規制があるのは「島全体の運を担う」という暗黙の了解があるということです。御嶽は「村を抱き」人々は「村に抱かれ」生活をしているのです。

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しかし、変化はここにも訪れています。ナナムイには今まで毎年最低でも3名以上の女性神役の加入が必要でしたが、現在は加入者が激減しており、これからどうするか大きな課題になっています。

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講座後の質疑も活発でした。以下は主な平井さんの説明です。

*  地域により、個人の感覚により、御嶽の神様がどこにいるか、どんな姿をしているかなどの受け取りは様々で、分類ができないくらい豊かである。

*  先祖への信仰と御嶽の神は別のもの。

*  神々には祈願中は何を話してもよい。人生相談のように神に語る。

*  人生の節目の行事で(神仏に)祈りたいという根本の感覚は、日本のほかの地域と同じものではないかと思われる。

打ち上げの会で

*  御嶽と似たような場、共同体の仕組みを持つ森や森への信仰は全国にある。

*  これからの森とコミュニティとの関わりを、今までとどう違うのかという視点で考えてみるのもよいのではないか。

モリと人の関わりは根源的でありながら(それゆえに)、なかなか捉えがたい部分があります。キックオフに始まり3回の講座で、平井さんは様々なヒントをモリPJに与えてくださいました。PJ一同心より感謝申し上げます。今後の展開でもまたアドバイスをいただく機会も多いことと思います。どうぞよろしくお願いいたします。(植)

お知らせ

【サイト復旧中のお知らせ】昨年1月から今年初頭までのデータをご覧いただけなくなっています。

posted on 2012/02/02

サーバートラブルのため、現在昨年1月3日から今年初頭までのデータの多くが見られなくなっています。その間も、くくのち学舎では様々な活動をしておりました。少しずつ復旧を進めておりますが、少々お待ちください。完全復旧しましたらTwitterでお知らせいたしますので、ぜひフォローをお願いいたします。